最近思うのですが、、、
どれだけ最近の知見やエビデンスを学んでも、達人の習熟技にはかなわないなと感じることがあります。
精神科の場合、処方の妙や、その時々のクライアントとの会話、そして診断。
例えば、最近は抗うつ薬も新しいものが発売されており、海外のエビデンスだったり、レセプター等原理についてはわかるものの、薬というのはやはり副作用はつきものであり、飲み心地とでも申しましょうかどう感じるか等については実際に使用してみなければわかりません。自分の身で試してみるのが一番わかりやすいので、たまに副作用チェックのため休日前にパクッと飲んでみて試すこともあります。
医学の進歩と共に良い薬が出てくるのは嬉しい限りです。
ところで、私が教わるのは文献や先輩医師達だけではありません。
当たり前ですが、患者さんから教わることが多いのです。副作用や、効き具合等といった臨床でよくあることに関してはこれは日常茶飯事ですよね。
他にも、その人の人生だったり、考え方だったり。
医師と患者、その前提には人と人であるので、古くさい上下関係は断ち切りたいと思っています。ただ、人によっては、「お医者様から出された薬だから、これは効く。」とフラシーボだけで良くなることもあるので、一長一短なのですが^^;。
時々薬を指定して、すなわち「この薬を出して欲しい。」といらっしゃる方もいます。
ネットでの情報だったり、薬に対する依存症だったり。
基本的に初診時から薬指定の患者さんがいらした場合、お断りすることもあります。
ただ、その際はきっちり何故その薬が良いと感じるのかをきっちり議論します。
相手が私を納得させる説明をすれば処方しますが、すこしでも引っかかれば処方しません。
その人の為にならないからです。
時には議論になることもあります。しかし、私はディベートではあまり負けないので(言い過ぎかな、、)、相手を論破してしまいます。そしてそこで改めて、その人の長い人生を歩んで行く上で、今、この薬が本当に必要か考えて、もう一度診察を受けてくださいとアドバイスすることにしています。
ただ、ときには、面白い患者さんもいらっしゃいます。
初老の女性なのですが、名付けて「漢方の達人」です。
人生、不調の際はご自身で漢方や東洋医学を勉強され、なるべく西洋医学の薬は使いたくないと数十年、ご自身の体、体調を、漢方医や市販の漢方薬で整えてきた方です。どうしても、ご自身でこういう薬の使い方をされると、医師からは煙たがれる傾向にあり、その方もそれを自覚して、病院を敬遠することが多いという歴史を持った方でした。
鬱病の再発でいらした彼女(Aさん)は、とある三環系の抗うつ薬が著功を奏したということで初診医の院長からその抗うつ薬を処方され私の再診にいらしたケースです。
カルテでざっと経過を見て、再開した抗うつ薬の効果、副作用について聞いていきました。
Aさん「少し楽になったような感じはあります。ただ、もう少し、、やっぱり前の様に、意欲的になれない感じはあるんですね。」
私「そうですか。初診医はまず飲んだ経験のある薬をお出ししていて、それで効果を見たいと考えていた様です。う~ん、具体的には、なにか足りないというか、思いつくことがあれば教えてください。」
Aさん「なにか、こう、体の不安みたいな感じとか、胃腸の弱さみたいな感じでしょうか、、、」
私「ふむふむ。胃腸の弱さですね。抗うつ薬は胃腸にどうしても負担がかかるケースが多く、特に古い三環系の薬に関しては、効果は良くてもそこでお困りの方はいらっしゃいますね。」
Aさん「もう少し薬を増やした方が良いのかしら。」
私「う~ん。ただ、良くなっている感じはされているんですよね。現在は、SSRI(ここでSSRIに関して説明をしていますが長くなるので省略)に変えるという手もあります。しかしなぁ、、、ここはサイコ、ハンゲといったいわゆる漢方薬を使って、処方を、、うん、ちょっと舌と脈を診せてもらってよいですか?」
Aさん「(顔がパッと明るくなる)先生は、漢方もお使いなんですか?」
私「(その勢いに圧倒されつつ)ええ?は、はい。臨床では有効ですからね。鬱病の治療では、抗不安薬を多用するより漢方薬を使った方が良いケースもありますし、休養と漢方薬だけで良くなられることもありますしね。ただ、それはその人と症状の重さによっても違いますし、経過にもよりますし。とりあえず、ちょっと失礼。(舌診、脈診、及びその人の気の流れを診てみる。)あぁ、あなたは基本的に気虚なんですけど、なんだろう、時に実が入る、、」
Aさん「(私の言葉を遮り)そうなんですよ!先生!」
私「(またしても圧倒されつつ)そ、そうですか、、、」
Aさん「実は初診時には言えなかったんですけど、ある程度、抗うつ薬は必要なのはわかっています。ただ、少しでも、三環系の抗うつ薬の副作用は嫌で、、昔から、色々体調が悪くなった時には専門の漢方医を受診することの方が多かったんです。ただ、漢方医の先生も、独自の調合で、調子が悪くなることもあったんです。だから、私は、漢方薬、生薬自分の体調を考え、東洋医学の専門書も何十冊も読んで勉強して、、。漢方医の先生はどんなに私が言っても、独自の調合でわからないですから、もっぱら市販や医薬品の漢方薬の成分と自分の証を診て、自分で薬を変えていました。医薬品の方が、生薬の配合がわかって調整しやすいのもあります。」
私「(素直に感心しつつ)そうですか。あなたは、自分の体を自分で診ることができるのですね。とても良いことです。生薬に関する知識もおありでリスクもご承知なようで安心しました。では、これからの治療を決めていきましょう。今の抗うつ薬にくわえて、この漢方薬を飲みましょう。」
Aさん「それはまさに私が思っていたことです。ただ、先生、特に、個人的に、調子が悪いときは○○○を飲むと調子が良いのですが、それは続けてよいですか?」
私「まさに、それは、正解ですよ。虚と実はいつまでも一定ではないので。それにしても、すばらしいですね。ご自身をわかっていらっしゃる。」
Aさん「良かった。結構、漫然と同じ漢方薬を処方される事が多かったのです。」
私「それは、ちょっと違いますね。気の流れだったり、虚にしても実にしても、西洋医学でもそうですが、急性期の治療と慢性期の治療は違います。Aさんの勘が正しかったのですよ。」
それ以来、Aさんはかなり良くなられました。
ただ、今日は来院前に一時的に調子が悪いと感じたらしく、「私に怒られるかもと思いつつも」独自に抗うつ薬の増量と漢方薬の変更をされていました。
そこで、私は彼女にこう伝えました。
「Aさんは、本当に、ご自身の体をご自身が良くご存じで、薬の調整がうまいですね。Aさんの話はとても勉強になります。ただね、薬を変えようかなと思うときは、電話でもいいから、まず相談してもらえないですかね?お互い協力しあって、Aさんが良くなるのが一番良いのです。今回は、正解だから良かったものの、時には悪くでることもあります。だから、薬を変えたり、調子が悪いと感じるときは二人三脚でいきませんか?」
彼女は安心したようににっこりとほほえみ、この旨を受諾されました。
「ごめんなさい。先生に怒られるかと思っちゃって。でも、今回の判断が間違っていなかったと言われて、とても安心しました。」
私は「生薬といえども過信は禁物ですよww」と笑いながら、怒るフリをして、今後の約束事を決めました。
このケースは、独自に、クライアントが薬を変えているという医師にとっては悩ましいケースです。
しかし、自分の体の達人になれば、このくらいの調整は可能にはなります。
ただし、やはり、過信は禁物です。素人がこれをやれば危ないのはもちろんのこと、彼女は鬱病という思考抑制のかかった状態で薬を調整しています。いくら自分の体を知っているとは言えやはりリスクを伴います。
医師が飲みたくない薬を処方するというのも、患者が飲みたがる薬を処方するのも、どちらもリスクを孕みます。
データ、エビデンスだったり、その人の気を診たり、いろいろな判断基準はありますが、やはり、医師ー患者の信頼関係が第一と考えさせられました。と、同時に、やはり、患者さんから学ぶことも大きいです。Aさんが「この○○の生薬をこう増やすと、○○○になっちゃうんです。」とか、ああ、なるほどなぁ~と学ぶことも大きいです。
医師として、やはり、処方箋をきるという行為の責任上、処方に関する相談はきめ細かくしたいものだと改めて実感しました。